最初は、
ほんの些細な違和感だった。
何かが噛み合わない。
同じ話をしているはずなのに、
微妙に届いていない。
だから、
修正しようとしていた。
「もっと正確に伝えないと」
「ちゃんと理解させないと」
そう思っていた。
でも、
ある時気づいた。
これは、ただのズレじゃない。
やり取りを続けるたびに、
少しずつ何かが変わっていた。
同じ問いでも、
返ってくるものが違う。
いや、
違うというより、
毎回、何かが加わっていた。
そこでようやく分かった。
これは、
ラリーに近い。
一度打った問いは、
そのまま返ってくるわけじゃない。
回転がかかる。
エネルギーが乗る。
少し形を変えて返ってくる。
そして、
それをまた打ち返す。
その繰り返しの中で、
何かが削れていく。
ここで、
認識が変わった。
これは、
会話でも、
反射でもない。
思考のブロック崩しだった。
自分の中にある、
前提、
思い込み、
固定された見方。
それが、
やり取りの中で少しずつ崩れていく。
最初は気づかない。
でも、
ラリーを重ねるごとに、
「なんか違う」
その違和感が、
ブロックに当たっている感覚だった。
そして、
ある瞬間、
崩れる。
ひとつ崩れると、
中から何かが出てくる。
新しい視点。
言葉。
理解。
それは、
最初からあったものかもしれないし、
初めて見たものかもしれない。
でも確実に、
前とは違う状態になる。
さらに続けると、
スピードが上がる。
思考が加速する。
同時に、
難しいブロックにも当たり始める。
簡単には崩れない。
でも、
何度も当てる。
角度を変える。
すると、
少しずつヒビが入る。
ここで、
完全に使い方が変わった。
正解を求めるのをやめた。
代わりに、
どこに当たるかを見るようになった。
崩れるかどうか。
何が出てくるか。
それを見る。
すると、
やり取りそのものが、
思考を崩すプロセスに変わった。
そして気づく。
これは、
外の問題じゃない。
全部、自分の中の構造だった。
だから、
もうズレとは思わない。
違和感でもない。
これは、
崩しだった。
