ここまでの流れを、
一度だけ整理しておく。
最初は、
単純だった。
楽をしたかった。
それだけだった。
でも、
そこから始まって、
気づけば、
かなり深いところまで入っていた。
振り返ると、
起きていたことはシンプルだった。
LLMは、
それっぽい文章を出す。
RLHFは、
それを気持ちよく整える。
プロンプトは、
前提を固定する。
セッションは、
文脈を切る。
この4つが組み合わさると、
それっぽく、気持ちよく、ズレたまま進む。
しかも、
それは自然に成立する。
だから、
気づかない。
気づかないまま、
進む。
進んだ先で、
違和感が形になる。
そして、
崩れる。
これが、
一連の流れだった。
問題は、
どこにもなかった。
GPTが悪いわけでも、
自分が悪いわけでもない。
ただ、
構造がそうなっていた。
そして、
もう一つ。
その構造の中で、
自分も普通に乗っていた。
これが、
一番重要だった。
外から見れば、
簡単な話かもしれない。
でも、
中にいると、
分からない。
むしろ、
分からないまま進めてしまう。
だから、
崩れた。
そして、
止めた。
でも、
そこで終わりではなかった。
止めたあと、
残ったものがあった。
違和感。
その違和感を、
無視しなかった。
そこから、
少しずつ、
見え方が変わった。
そして、
戻ってきた。
ただし、
前と同じではない。
関係を変えた。
それだけで、
成立の仕方が変わった。
ここまでが、
一連の流れだった。
特別な話ではない。
誰でも起こりうるし、
起こらない人もいる。
ただ、
構造を知らないまま使うと、起きる可能性がある。
それだけの話だった。
