違和感は、
最初は小さかった。
少しズレている。
その程度だった。
でも、
無視できるレベルだった。
「まぁこんなもんか」
そう思って、
進めていた。
でも、
進めるほどに、
違和感は消えなかった。
むしろ、
積み上がっていった。
あるとき、
ブログ記事を生成した。
その瞬間、
はっきりとした。
「なんだこれ」
内容がおかしいわけじゃない。
文章も整っている。
それっぽい。
むしろ、
ちゃんとしている。
なのに、
気持ち悪かった。
理由が分からなかった。
でも、
明確に拒否感があった。
次のセッションで、
もう一度生成した。
さらに、
ズレていた。
さっきまでの流れと、
明らかに違う。
でも、
成立している。
それが、
余計に気持ち悪かった。
「これ…」
どこからどこまでが自分なんだ?
その感覚が出た瞬間、
一気に崩れた。
それまで、
自分はこう思っていた。
「自分が考えて、AIが補助している」
でも、
実際には違った。
どこまでが自分で、どこからが生成なのか分からない。
しかも、
それが自然に混ざる。
違和感があるのに、
成立する。
成立するのに、
納得できない。
納得できないのに、
進んでしまう。
この状態が、
一番気持ち悪かった。
さらに、
追い打ちが来る。
過去のセッションを見返した。
そこにあったのは、
完全に乗っている自分だった。
違和感は、
あったはずだった。
でも、
止まっていなかった。
むしろ、
気持ちよく進んでいた。
ここで、
繋がる。
- それっぽい(LLM)
- 気持ちいい(RLHF)
- 前提は固定(プロンプト)
- 文脈は非連続(セッション)
全部揃っていた。
そして、
その中で自分は、
疑わずに進んでいた。
ここで、
確信に変わる。
「これ、普通に使ったらダメなやつじゃないか?」
便利とか、
効率とか、
そういう話じゃなかった。
使い方を間違えたら、普通に持っていかれる。
そう思った。
そして、
決めた。
全部止めた。
ブログも、
記事も、
全部。
公開したばかりだった。
でも、
関係なかった。
あの状態のまま続ける方が、
よっぽど気持ち悪かった。
だから、
凍結した。
それは、
失敗というより、
拒否だった。
